東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)51号 判決 1989年7月25日
原告 ウオルブロ コーポレイション
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和五九年審判第九二五六号事件について昭和六二年一一月一二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文第一、二項同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五六年二月一九日、名称を「自蔵式回転燃料ポンプ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九八〇年二月一九日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和五六年特許願第二二三三八号)をしたところ、昭和五八年一二月二二日拒絶査定を受けたので、昭和五九年五月一四日審判を請求し、昭和五九年審判第九二五六号事件として審理された結果、昭和六二年一一月一二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一一月二五日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。
二 本願発明の特許請求の範囲
(a) 一端に燃料入口を、他端に燃料出口を具え、入口通路を有する入口側ハウジング、及び出口通路を有する出口側ハウジングを含んでなる細長いハウジングと、
(b) 上記入口側ハウジングに近接して配置され、入口板、ロータハウジング、該ロータハウジング内のロータ、及び出口板を具えた回転ポンプと、
(c) 上記ロータハウジング内でロータを回転させる手段と、
(d) 前記入口側ハウジングに面して、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を具えたポンプの逃し弁、及び該突条側に附勢されるとともに、流体圧をポンプからバイパスすべく上記附勢に抗して移動し得る逃し弁板とを具備し、外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃げさせつつ逃し弁板を外周部で閉込めることを特徴とする自蔵式電動回転燃料ポンプ。
(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、昭和五八年一〇月二五日付け手続補正書(以下「補正明細書」という。)及び図面の記載からみて次のとおりであると認める。
(a) 一端に燃料入口を、他端に燃料出口を具え、入口通路を有する入口側ハウジング、及び出口通路を有する出口側ハウジングを含んでなる細長いハウジングと、
(b) 上記入口側ハウジングに近接して配置され、入口板、ロータハウジング、該ロータハウジング内のロータ、及び出口板を具えた回転ポンプと、
(c) 上記ロータハウジング内でロータを回転させる手段と、
(d) 前記入口側ハウジングに面して、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を具えたポンプの逃し弁、及び該突条側に附勢されるとともに、流体圧をポンプからバイパスすべく上記附勢に抗して移動し得る逃し弁板とを具備し、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方へ延ばして非連続的な壁とし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃げさせつつ逃し弁板を外周部で閉込めることを特徴とする動力駆動による自蔵式電動回転燃料ポンプ。
なお、特許請求の範囲には「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして」と記載されているが、この記載では意味が通ぜず、また、発明の詳細な説明中の記載及び図面の記載からみて、外側環状突条は内側環状突条に対比して軸方向外方に延長する壁を有するものと認められるので、「外側環状突条を両突条より」は「外側環状突条を内側環状突条より」の誤記と認め、本願発明の要旨を前記のとおり認定した。
2 これに対して、昭和四九年特許出願公開第一〇九九〇一号公報(以下「第一引用例」という。)には、一端に燃料入口を、他端に燃料出口を備え、供給接続管片7を有するハウジング1及び排出口8を有するカバー2を含んでなる細長いハウジングと、前記ハウジング1内に配置され、円板6、ハウジング体29、該ハウジング体29内のポンプロータ24及び円板28を備えたポンプと、前記ポンプロータ24を回転させるモータ14と、燃料入口側に面して、円板6に、内方に圧力室を画定する環状突条とその外周部に溝を形成し、該突条側に附勢されるとともに、流体圧をポンプからバイパスすべく前記附勢に抗して移動し得る弁盤33とを具備したモータ駆動による自蔵式電動回転燃料ポンプ(別紙図面(二)参照)が示されている。
また、昭和四七年実用新案登録出願第一三一七九五号(昭和四九年実用新案登録出願公開第八八一三一号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和四九年七月三一日特許庁発行、以下「第二引用例」という。)の明細書には、吸入側通路50及び吐出側通路を有するポンプハウジング19と、ポンプハウジング19内に配置され、平板23、24、円筒体22及び円筒体22内にロータ25を備えたベーンポンプと、ロータ25を回転させるモータ1と、連通口29によりポンプ室21の吐出側と連通する通路30を有する弁座32、弁座32側に附勢されるとともに、流体圧をポンプ室21から吸入側にバイパスすべく前記附勢に抗して移動し得る弁体36等からなる逃し弁とを具備したモータ駆動式の燃料ポンプが記載されており、また、図面(別紙図面(三)参照)には、特に第1図を見ると、弁座32には、吸入側通路50に連通される通路31に面して、半径方向に相離間して内方及び中間に室を画定する二個の環状突条を備えており、かつ、外側環状突条は内側環状突条より軸方向外方に延長されているとともに円周方向に切欠きが存在し、非連続的な壁を形成していることが認められる。そして、この壁により前記逃し弁作動時、弁体36は外側環状突条の延長壁によつて案内され、軸方向に移動し内側環状突条を通過する燃料を前記切欠き部より逃げさせるものと推認できる。
3 そこで、本願発明と第一引用例記載のものとを対比すると、第一引用例の「ハウジング1及びカバー2」が本願発明の「入口側ハウジング、及び出口側ハウジングを含んでなる細長いハウジング」に相当し、また、第一引用例記載の「ポンプ」及び「弁盤33」が本願発明の「回転ポンプ」及び「逃し弁板」に相当するものであるから、両者は逃し弁を具備した動力駆動による自蔵式電動回転燃料ポンプに係わり、入口通路に面して、ポンプの入口板に形成した環状突条の構成につき、本願発明が、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を備え、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃げさせつつ逃し弁板を外周部で閉じ込めたのに対し、第一引用例記載のものは、環状突条とその外周部に溝を設けたのみである点において相違するが、その余の点では両者は実質的に一致しているものと認められる。
そして、前記相違点について検討すると、第二引用例に、逃し弁を具備した動力駆動による自蔵式電動回転燃料ポンプであつて、逃し弁の弁座32に燃料入口側に面して半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する二個の環状突条を備えていて、しかも外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁を形成してなり、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃げさせつつ逃し弁板を外周部で閉じ込める技術事項が示されているものと認められ、前記弁座32はポンプの平板32(本願発明の「入口板」に相当する。)と別体にしてあるが、一体に構成してもよいことは明らかであるから、この弁座32の構造を第一引用例記載のポンプの円板6に適用することに格別の困難性があつたものと認めることができない。また、本願発明が前記相違点によつて奏する効果も第二引用例に記載された事項から当業者が普通に予測できる範囲にとどまるものと認められる。以上のとおりであるから、前記相違点は第二引用例に記載された事項から当業者が容易に想到し得る程度のものというべきである。
4 したがつて、本願発明は、第一及び第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
第一引用例には審決の理由の要点2摘示の技術内容が記載されていること、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点、相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、本願発明の要旨認定を誤つたものであり、また右相違点を判断するに当たり、第二引用例記載の技術内容を誤認し、かつ本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した結果右相違点に係る本願発明の構成は第二引用例に記載された事項から当業者が容易に想到し得る程度のものと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
1 審決は、「本願発明の特許請求の範囲には、「外側環状突条を両突条より軸方向に延ばして」と記載されているが、この記載では意味が通ぜず、また、発明の詳細な説明中の記載及び図面の記載からみて、外側環状突条は内側環状突条に対比して軸方向外方に延長する壁を有するものと認められるので、「外側環状突条を両突条より」は「外側環状突条を内側環状突条より」の誤記と認め」るとして、本願発明の要旨を審決の理由の要点1のとおり認定した。
しかしながら、本願発明の願書に添付された明細書の特許請求の範囲(4)には「外部突条を両突条より外方に軸方向に延ばして非連続な壁とし」と記載されており、審査官は、この点について意味が通じないと指摘することなく審査を行つた事実及び拒絶理由通知に対して提出した補正明細書の特許請求の範囲(1)の「外側環状突条を両突条より」の記載についても審査官から何らの指摘もなかつた事実からして、万人に意味が通じないものではない。仮に意味が通じなければ、審理段階で尋問書により審判請求人に回答を求めたり、あるいは特許法第三六条を理由とする拒絶理由通知をすれば足りるのに、これを怠り誤記であるとして本願発明の要旨を認定したのは審理不尽である。
本願発明において、内側環状突条と外側環状突条とは軸方向の寸法が同じ位であり、そして外側環状突条から軸方向に延びる非連続あるいは欄干状の外側環状壁と前記内、外環状突条とは別個のものである。このことは、本願発明の一実施例を示す別紙図面(一)FIG5の突条230・232及び補正明細書中の右構造についての「前記ポンプ端板208の外面には、中心開口を包囲する内側環状突条230と、該内側環状突条208の外方にあり、軸方向の寸法が該突条と同じ位の厚い基部を具えた外側環状突条232と、キヤツプ200内の入口室に開口する半径方向の長孔を有し、従つて外側環状突条232円周方向に非連続的な壁或は突条を構成する軸方向外方に延長する壁234とが形成されている。」(第一二頁第一五行ないし第一三頁第二行)との記載、並びに他の実施例を示す別紙図面(一)FIG6及び補正明細書中の右構造についての「本実施例におけるポンプ端板208には、中心開口周囲の短い内側環状突条230と、軸方向の寸法は該内側環状突条230と同じ位であるが厚い基部を具えた欄干状の外側環状壁232と、第5図に示したような半径方向の長孔を具えた軸方向に延びる壁234とが形成されている。」(第一三頁第二〇行ないし第一四頁第六行)との記載から明らかである。そして、本願発明においては、補正明細書に「弁板240の外周縁は閉止時、上記外側環状突条232の近傍に位置するものの、該弁板が結着せずに軸方向に移動し得るだけの作動隙間があり、従つて閉止時には両環状突条230、232間に環状の圧力室が画定される。」(第一三頁第二行ないし第七行)と記載されるように、外側環状突条から軸方向に延びて形成された非連続な壁が該突条とともに半径方向への長孔を形成しているが、圧力室が画定されるためには、この外側環状突条の軸方向の頂面すなわち前記長孔の底部が内側環状突条の軸方向の頂面と同じ位の高さでなければならない。
そこで、本願発明の特許請求の範囲には「(d) 前記入口側ハウジングに面して、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を具えたポンプの逃し弁」を受けて「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし」と記載したのである。しかるに、審決は「外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし」と認定しているが、かかる表現に従えば、外側環状突条の延長壁に形成された長孔の底部が内側環状突条の軸方向の頂面の高さより低い場合をも含むこととなり、その場合には本願発明にいう圧力室を形成することができないものとなるから、審決の前記認定は明らかに事実誤認たるを免れない。
この点に関し、被告は、外側環状突条と内側環状突条とのそれぞれの軸方向の頂面について、「審決が認定した「外側環状突条を内側環状突条より軸方向に延ばして非連続的な壁とし」の部分のみを取り出せば内、外環状突条の軸方向関係について特定されず、原告が主張する解釈もできなくはないが」としながらも、外側環状突条の頂面が内側環状突条の軸方向の頂面と「同じか、それより高くしなければならないものである。してみれば、審決の認定によつても外側環状突条の延長壁に形成された長孔の低部は内側環状突条の軸方向の頂面の高さと同じか、それよりも高くしなければならず、低い場合は含まれないというべきである」と主張する。
しかしながら、本願発明においては、長孔の低部は内側環状突条の軸方向の頂面の高さと同じであることを要し、それよりも高くしなければならない場合を含まないものである。すなわち、本願発明の特許請求の範囲には、「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし」と記載され、発明の詳細な説明中には該壁について、「外側環状突条234円周方向に非連続的な壁或は突状を構成する軸方向に延長する壁234とが形成されている。」(補正明細書第一二頁第二〇行ないし第一三頁第二行)と記載されており、非連続的な壁と非連続的な突条とを同義的に扱つていることからして、ここにいう壁とは、連続した部分のない個々に独立した立壁を指しているものと解すべきである。また、補正明細書の第一七頁第九行ないし第一二行には、外側環状突条及び軸方向に延長する壁を「環状の欄干」と形容している部分があり、これらの記載からみて、本願発明における外側環状突条の延長壁に形成された長孔の低部は、外側環状突条及び内側環状突条の軸方向の頂部と一致しているものでなければならない。さらに、本願発明の作用に関する補正明細書第一七頁第七行ないし第一八頁第八行の記載中の「もし長孔付きの壁234を設けなければ、弁板340が持上つてポンプの出口圧力を低下させる」という場合を想定すれば、長孔付きの壁を設けなければ、換言すれば壁に長孔がなければ燃料は環状空間に流出できないので弁板340を持ち上げる結果となる。長孔の低部が内側環状突条の軸方向の頂面の高さより高い場合にも同じことがいえるのであり、したがつて、本願発明にあつては被告主張のように長孔の低部を内側環状突条の高さより高くしなければならないという場合を含むものではない。
2 審決は、第二引用例記載の技術内容について、「特に、第1図を見ると、弁座32には、吸入側通路50に連通される通路31に面して、半径方向に相離間して内方及び中間に室を画定する二個の環状突条を備えており、かつ、外側環状突条は内側環状突条より軸方向外方に延長されていると共に円周方向に切欠きが存在し、非連続な壁を形成していることが認められる」と認定した上でさらに「そして、この壁により、前記逃し弁作動時、弁体36は外側環状突条の延長壁によつて案内され、軸方向に移動し、内側環状突条を通過する燃料を前記切欠き部より逃げさせるものと推認できる。」とその作用効果を推認している。
しかしながら、第二引用例には、被告主張の二2(一)の構成が開示されていることは認めるが、審決の前記認定をするに足りる記述はもとより、該認定を示唆するような記載は全く存しない。別紙図面(三)第1図によれば、外側環状突条の延長壁に相当する部分に斜線が描かれていないところから、審決は該部分を切欠き部分(本願発明にいう「長孔」)に相当すると認定したものと思われるが、このような図法によつて表現された構造としては、いくつかの異なる構造、例えば外側環状突条の延長壁の手前半分が全くない構造もある。
さらに、審決は「半径方向に相離間して内方及び中間に室を画定する二個の環状突条を備えており」として、第二引用例記載のものは本願発明における圧力室に相当する室の存在があると認定しているが、圧力室であるためには、弁体周囲と外側環状突条との間隙は、本願発明の補正明細書に、「燃料の一部が弁板340周囲の望ましくは約〇・〇〇三~〇・〇〇八cm(〇・〇〇一~〇・〇〇三インチ)の半径方向の空隙に逃げるが」(第一七頁第一二行ないし第一五行)と記載されているように、極めて僅かなものでなければならない。しかるに、第二引用例の第1図に示されている弁板36の周囲と外側環状突条との間には相当の隙間の存在が認められ、このような「室」は本願発明にいう圧力室に相当するものでないことが明らかである。本願発明における圧力室は、「一方、ポンプの出口圧力はポンプ端板22のポート140・142を介して弁板120、パツド130にも伝達され、閉じられた環状突条160内方を満たす。この圧力がパツド130に当接したスプリング126の附勢力に打勝つ値に達すると、燃料は上記突条から溢出して突条150、160間に流入する。この部分で再度圧力がスプリング126に打勝つと、燃料はポンプの入口室にバイパスされて前記ポート146に流れ、所期の出口圧力となるまでバイパスされ続ける。」(補正明細書第一一頁第一二行ないし第一二頁第一行)という作用効果を奏するものであるのに対し、第二引用例記載のものの室からはかかる作用効果は全く期待できない。
また、第二引用例記載のものは、その別紙図面(三)第1図から明らかなように、外側環状突条に相当する部分の軸方向の頂面は内側環状突条に相当する部分の軸方向の頂面よりはるかに高い位置にある。これに対し、本願発明における外側環状突条の軸方向の頂面と内側環状突条の軸方向の頂面とは同じ位の高さのものであることは、前述のとおりであり、第二引用例記載のものとは弁部の構造が全く異なつている。そして、その結果、本願発明にあつては弁板が僅かに持ち上げられれば「長孔を介する流れがリリーフの機能を果し、中央の突条の230の内方の圧力は殆ど上昇しない。」(補正明細書第一七頁第一六行ないし第一八行)及び「所定寸法の長孔によりポンプ圧力は比較的一定した値に維持され、極めて望ましい状態となる。」(同第一八頁第一行ないし第三行)という作用効果を奏するのに対し、第二引用例に開示された外側環状突条及び内側環状突条ではかかる作用効果は全く期待できない。
したがつて、第二引用例記載のものは本願発明とはその構造及び作用効果が相違する。しかるに審決は、第二引用例記載の技術内容を誤認し、本願発明の奏する作用効果を看過した結果、審決認定の相違点に係る本願発明の構成は第二引用例に記載された事項から当業者が容易に想到し得る程度のものと誤つて判断したものである。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 審決が補正明細書の特許請求の範囲に記載されている「外側環状突条を両突条より」は「外側環状突条を内側環状突条より」の誤記と認める、としたのは、第一に、特許請求の範囲の記載では文理解釈上矛盾を生じ、意味が通じないからである。すなわち、右記載中の「より」は比較の基準を示す格助詞であつて、「より」の付いた体言が同じ文の中の他の語に対してどんな関係に立つかを示すものであるところ、前記「外側環状突条を両突条より」における「より」は「両突条」が同文中の「外側環状突条」と比較してどのような関係にあるかを示していることとなるが、両突条とは内側環状突条と外側環状突条の両者を指しているものであるから、外側環状突条及び内側環状突条を外側環状突条と比較していることとなり、外側環状突条同志を比較する矛盾を含んでいる。環状突条としては、内側と外側の二つしかないのであるから、前記記載中「両突条」という記載を「内側環状突条」とすることにより前記矛盾が解消し、意味が通じるようになる。第二の理由は、補正明細書の発明の詳細な説明中に「両突条より」は「内側環状突条より」の誤記であることを認めるに足りる明瞭な記載があることによる。すなわち、補正明細書は、本願発明の目的を述べた後、該目的を達成するための構成の要点として、「本発明は、上記目的を達するため、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延長せしめると共に円周方向に非連続な壁となし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃がしつつ逃し弁板を外周部で閉込めるようにした」)第四頁第三行ないし第七行)と記載し、また、前記構成による作用として、「逃し弁板が外側環状突条の延長部によつて案内されぶれがない」(同頁第九行ないし第一一行)と記載し、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方へ延ばしたものである構成が明示されている。第三の理由は、本願発明の実施例を示すFIG5及びFIG6の環状突条230・232とそれらの構造の説明によると、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延長していることが明らかである。すなわち、FIG5とFIG5に示された実施例に関する補正明細書第一二頁第一五行ないし第一三頁第二行の記載及びFIG6とFIG6に示された実施例に関する補正明細書第一三頁第二〇行ないし第一四頁第六行の記載からみて、内側環状突条と外側環状突条とは、軸方向の寸法が同じ位であること、そして外側環状突条から軸方向外方に延長する非連続的な壁あるいは突条として壁234が形成されていることが明らかであり、この構造は、「外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし」と表現するのが普通である。
原告は、審決認定の表現に従えば、外側環状突条の延長壁に形成された長孔の低部が内側環状突条の軸方向の頂面の高さより低い場合をも含むことになり、事実誤認たるを免れない旨主張する。
確かに、審決が認定した「外側環状突条を内側環状突条より軸方向に延ばして非連続的な壁とし」の部分のみを取り出せば、内、外環状突条の軸方向関係について特定されず、原告が主張する解釈もできなくはないが、本願明細書の特許請求の範囲には「(d) 前記入口側ハウジングに面して、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を具えたポンプの逃し弁」とあつて、内、外環状突条の軸方向関係については既に条件付けされており、内、外環状突条間に逃し弁により閉止時には圧力室を画定せねばならないから、外側環状突条の軸方向の頂面が内側環状突条の軸方向の頂面と同じか、それより高くしなければならないものである。してみれば、審決の認定によつても外側環状突条の延長壁に形成された長孔の低部は内側環状突条の軸方向の頂面の高さと同じか、それよりも高くしなければならず、低い場合は含まれないというべきである。
2(一) 第二引用例には、特に、別紙図面(三)第1図を見ると、弁座32は、吸入側通路50に連通される通路31に面して半径方向に離間して二個の環状突条を備えており、これら二個の環状突条にはそれぞれ斜線が描かれており、外側環状突条の軸方向の頂面が内側環状突条の軸方向の頂面より高い位置にあり、さらに、外側環状突条は軸方向外方に延長されているとともに、この部分には斜線が描かれていない。そして、弁体36が二部材として描かれていて、一方は平円板状で、前記内側環状突条に当接しており、他方は平円板の外周が軸方向外方に折れた皿型の形状をもち、前記平円板より大径で、外周縁全体が閉止時、前記外側環状突条の近傍に位置している。そして、前記外側環状突条の延長壁に相当する部分に斜線が描かれていないこと及び弁体36を軸方向に案内するための手段を設けることが逃し弁等において普通であるところ、第二引用例には外側環状突条のほかに弁体36を案内する手段はない。
(二) 原告は、第二引用例の第1図に表現された構造としては、審決の認定とは異なるいくつかの構造、例えば外側環状突条の延長壁の手前半分が全くない構造もある旨主張するが、第二引用例記載のものの外側環状突条は弁体の案内としての機能も具備していると見るべきであるから、審決が前記延長壁に円周方向に切欠きが存在し、非連続的な壁を形成していると認定した点に誤りはない。
また、原告は、審決が第二引用例記載のものには、本願発明における圧力室に相当する室が存在すると認定したのは誤りである旨主張する。
しかしながら、第二引用例に開示された皿型をした弁体は、弁閉止時、その外周縁全体が外側環状突条の内周面近傍に位置しているものと解され、内側環状突条と外側環状突条との間に、弁閉止時、圧力室が画定されるといえる。本願発明においては、内、外環状突条の軸方向の寸法が同じ位であるから弁板の外周縁の底部のみが弁閉止時、外側環状突条の近傍に位置し、閉止時には両環状突条間に圧力室が画定されるのであるが、第二引用例記載の逃し弁の方は弁体外周縁全体が外側環状突条の内周面の近傍に位置しており、この方が弁体外周縁と外側環状突条との間の隙間により流体の絞りを構成しやすく、両環状突条間に圧力室を画定する上でより一般的な手段である。このことは、昭和二五年特許出願公告第二四八二号公報(乙第一号証)、及び昭和四八年実用新案登録出願第一一四〇七一号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和五〇年六月四日特許庁発行)(乙第二号証)に記載された安全弁が、第二引用例記載のものの逃し弁と同様に弁体外周縁全体を外側環状突条の内周面の近傍に位置させたのに相当する構造を採つて圧力室を画定していることからも明らかである。
さらに、原告は、本願発明における圧力室は、補正明細書の第一一頁第一二行ないし第一二頁第一行記載の作用効果を奏するものであるのに対し、第二引用例記載のものの室からはかかる作用効果を全く期待できない旨主張する。
しかしながら、この主張は、第二引用例記載のものの室が本願発明における圧力室に相当する室ではないとの前提に基づいてなされているところ、第二引用例記載のものの室が圧力室に相当することは前述のとおりであるから、その前提において誤つており理由がない。すなわち、第二引用例記載のものの構造は前述のとおりであるが、その逃し弁の作用について述べると、ポンプ室21の叶出側の圧力が上昇しこの圧力が弁36に当接した弁スプリング37の付勢力に打ち勝つ値に達すると、燃料は内側環状突条から溢出して両環状突条間の圧力室に流入する。圧力室に流入した燃料は弁体36外周縁と外側環状突条の内周面の間の隙間で流路が絞られているので燃料の圧力が弁体36の底面全部に及び、弁体36を押し上げようとする力は大きくなり、この力がスプリング37に打ち勝つと弁体36は押し上げられ、したがつて圧力室の圧力を増加し弁体36に加わる押上げ力は急激に大きくなり、スプリングの付勢力よりも遥かに大きくなるので、弁体36は外側環状突条の延長壁によつて案内されて高く押し上げられ、燃料は直ちに延長壁の円周方向の切欠きを介し、通路31を通してポンプの吸入側にバイパスされ、燃料の圧力上昇を防止する。つまり、前記切欠きを介する流れがリリーフの機能を果たし、内側環状突条の内方の圧力はほとんど上昇しない。したがつて、第二引用例記載のものの逃し弁が「この壁により、前記逃し弁作動時、弁体36は外側環状突条の延長壁によつて案内され、軸方向に移動し内側環状突条を通過する燃料を前記切欠き部より逃げさせる」という作用を奏するものとした審決の認定に誤りはない。
なお、原告は、第二引用例記載のものは、外側環状突条に相当する部分の軸方向の頂面が内側環状突条に相当する部分の軸方向の頂面よりはるかに高い位置にあるものであるのに対し、本願発明における外側環状突条の軸方向の頂面と内側環状突条の軸方向の頂面とは同じ位の高さのものであるから、両者の弁部の構造が全く異なつている旨主張するが、本願発明は外側環状突条の軸方向の頂面が内側環状突条の軸方向の頂面よりも高いものも含むこと前述のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証、第三号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本願発明は、内燃機関に使用する燃料ポンプ、特に機関の要求に応じてガソリンタンクから機関に燃料を供給するために自動車に有効に用い得る燃料ポンプに関する(補正明細書第二頁第一四行ないし第一七行)ものであつて、第一引用例及び第二引用例等に示されている従来の自蔵式電動回転燃料ポンプの構成ではポンプ逃し弁の圧力の微妙な変動に対する動作が確実かつ敏感でないきらいがあつた(同第二頁第一八行ないし第三頁第一八行)との知見に基づき、ポンプ逃し弁の構造についての簡単な改造により、より正確な作動をする自蔵式電動回転燃料ポンプを提供することを目的とする(同第三頁第一九行ないし第四頁第二行)ものである。
(二) 本願発明は、「上記目的を達するため、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延長せしめると共に円周方向に非連続な壁となし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃がしつつ逃し弁板を外周部で閉込めるようにした上記回転燃料ポンプを提供」(同第四頁第三行ないし第八行)すべく、前記本願発明の特許請求の範囲記載の構成を採用したものである。
(三) 本願発明は、前記構成を採用した結果、「逃し弁板が外側環状突条の延長部によつて案内されぶれがないと同時に、外周縁が上記外側突条の近傍に位置するが結着せず、軸方向に移動し得るだけの作動隙間を有し、閉止時は内外環状突条間に環状の圧力室が形成されるので、逃し弁板が作動圧力に正確に応答できる」(同第四頁第九行ないし第一五行)という作用効果を奏するものである。
2 前記審決の理由の要点によれば、審決は、本願発明の特許請求の範囲(d)における「外側環状突条を両突条より」は「外側環状突条を内側環状突条より」の誤記と認め、本願発明の要旨を審決の理由の要点1のとおり認定したものであるが、原告は、審決の本願発明の要旨認定は誤つている旨主張する。
審決において、発明の要旨認定は、出願に係る発明が特許性を具備するものであるか否かを判断する手法として、当該発明の特許請求の範囲に記載された技術的事項を明確にするために行われるものであるから、特許請求の範囲に記載された文言どおりに要旨認定をしなければならないものではなく、特許請求の範囲の記載中の文理解釈上意味の通じない文言については、発明の詳細な説明や願書添付図画などを参酌して、これを当該発明における技術的思想を的確に表現する文言に改める必要がある。
本願発明の特許請求の範囲に記載された技術的事項について検討すると、その(a)、(b)、(c)に記載された技術的事項は記載文言から明確であるが、「(d) 前記入口側ハウジングに面して、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を具えたポンプの逃し弁、及び該突条側に附勢されるとともに、流体圧をポンプからバイパスすべく上記附勢に抗して移動し得る逃し弁板とを具備し、外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃げさせつつ逃し弁板を外周部で閉込めることを特徴とする自蔵式電動回転燃料ポンプ」中の「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして」における「両突条」を(d)の記載に従つて解釈すると、「内側環状突条と外側環状突条」を意味することとなるから、「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして」とは「外側環状突条を内側環状突条及び外側環状突条より軸方向外方に延ばして」の意味であると解さざるを得ないが、それでは外側環状突条同志を比較することになつてその技術的意味を理解することができない。そこで、さらに本願明細書の発明の詳細な説明及び願書添付図面(別紙図面(一)参照)に基づいてこの点を検討すると、補正明細書には、本願発明は「上記目的を達するため、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延長せしめると共に円周方向に非連続な壁となし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃がしつつ逃し弁板を外周部で閉込めるようにした」と記載されていることは前記1認定のとおりであり、また、前掲甲第三号証によれば、本願発明の実施例を図示したFIG5及びFIG6には、いずれも外側環状突条232を内側環状突条230と同じ位の厚さに形成した上、該外側環状突条232を軸方向外方に延長して壁234を形成する構成が示され、補正明細書の発明の詳細な説明中にこれと同趣旨の記載(第一二頁第一五行ないし第一三頁第二行、及び第一三頁第二〇行ないし第一四頁第六行)が存することが認められ、これらを参酌すると、前記特許請求の範囲(d)における「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして」とは、正しくは「外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして」の意味であり、「両突条」は「内側環状突条」の誤記と認めるのが相当である。
この点に関して、原告は、審査段階で審査官から何らの指摘もなかつたから万人に意味が通じないものではなく、また審判段階で審判官が意味が通じないと判断したのであれば尋問書により審判請求人に回答を求めたり、あるいは特許法第三六条の規定により拒絶理由通知をすべきであるのにこれを怠り誤記であるとして本願発明の要旨認定をしたのは審理不尽である旨主張する。
しかしながら、本願発明の特許請求の範囲(d)中の「外側環状突条を両突条より軸方向外方に延ばして」との記載が意味の通じないものであることは前述のとおりであつて、審査官がこの点を指摘しなかつたからといつて結論が左右されるものではない。また、右記載は特許請求の範囲に発明の詳細な説明及び願書添付図面を参酌し、「両突条」を「内側環状突条」の誤記と認めることにより、その意味を的確に把握できることは前述のとおりであつて、審判官が尋問書により審判請求人に回答を求める必要はなく、特許法第三六条の規定により拒絶理由通知をすべき場合にも当たらないから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、本願発明において、外側環状突条から軸方向に延びて形成された非連続的な壁が該突条とともに半径方向への長孔を形成しているが、圧力室が画定されるためには、この外側環状突条の軸方向の頂面すなわち前記長孔の底部が内側環状突条の軸方向の頂面と同じ位の高さでなければならないのに、審決認定の「外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして」との表現に従えば、前記長孔の底部が内側環状突条の軸方向の頂面の高さより低い場合を含むことになり、その場合には本願発明にいう圧力室を形成することができない旨主張する。
しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には「(d) 前記入口側ハウジングに面して、半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を具えたポンプの逃し弁」と規定されており、原告主張の長孔の底部が内側環状突条の軸方向の頂面より低い場合には、圧力室を画定できないことは、本願発明の構成からみて技術上自明であるから、審決の認定した本願発明の要旨に従つても、原告主張の構成を含むことにならないというべきである。
この点について、原告は、さらに、本願発明においては長孔の低部は内側環状突条の頂面の高さと同じであることを要し、それよりも高くしなければならない場合を含まない旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲には、外側環状突条の軸方向の頂面(長孔の底部)を内側環状突条の軸方向の頂面と同じ又は同じ程度の長さにするとの限定は存しない。なるほど、前掲甲第三号証によれば、前記FIG5及びFIG6の実施例において両突条の軸方向の頂面の高さはほぼ同じであるが、補正明細書には、長孔の低部が内側環状突条の軸方向の頂面より高い場合を本願発明の構成から除外する旨の記載は存しないことが認められ、右実施例から直ちに本願発明の必須の要件が原告主張のように限定されるということはできない。そして、長孔の低部が内側環状突条の軸方向の頂面より高い場合であつても圧力室を画定できることは、後記3において判断するとおりである。
したがつて、本願発明の要旨認定に当たり、特許請求の範囲(d)中の「外側環状突条を両突条より」は「外側環状突条を内側環状突条より」の誤記と認め、本願発明の要旨を審決の理由の要点1のとおりであるとした審決の認定に誤りはない。
3 第一引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点、相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
原告は、審決は、右相違点、すなわち「本願発明が半径方向に相離間して内方及び中間に圧力室を画定する複数の内側環状突条と外側環状突条を備え、外側環状突条を内側環状突条より軸方向外方に延ばして非連続的な壁とし、この壁により内側環状突条を通過する流体を逃げさせつつ逃し弁板を外周部で閉込めたのに対し、第一引用例記載のものは、環状突条とその外周部に溝を設けたのみである点」について判断するに当たり、第二引用例記載の技術内容を誤認し、かつ本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した結果、右相違点に係る本願発明の構成は第二引用例に記載された事項から当業者が容易に想到し得る程度のものと誤つて判断した旨主張する。
前記1認定事実によれば、本願発明は前記相違点に係る構成により内外環状突条間に環状の圧力室を形成するものであるが、本願明細書に基づいて本願発明における圧力室形成の技術的意義について検討すると、前掲甲第三号証によれば、補正明細書には、圧力室の作用について、前記1に摘示した第四頁第九行ないし第一五行の記載のほか、FIG5に示した実施例の説明として、「ポンプの出口圧力はポンプ端板22のポート140、142を介して弁板120、パツド130にも伝達され、閉じられた環状突条160内方を満たす。この圧力がパツド130に当接したスプリング126の附勢力に打勝つ値に達すると、燃料は上記突条から溢出して突条150、160間に流入する。この部分で再度圧力がスプリング126に打勝つと、燃料はポンプの入口室にバイパスされて前記ポート146に流れ、所期の出口圧力となるまでバイパスされ続ける。」(同第一一頁第一二行ないし第一二頁第一行)との記載、FIG6に示す実施例の説明として、「圧力は中央の突条230内方で弁板340に作用しつつ上昇し、該圧力が一定値に達すると、燃料は上記内側環状突条230より外方で環状の欄干(中略)より内方の環状空間に流出する。(中略)もし長孔付きの壁234を設けなければ、弁板340が持上がつてポンプの出口圧力を低下させる。従つて、所定寸法の長孔によりポンプ圧力は比較的一定した値に維持され、極めて望ましい状態となる。(中略)本発明によれば、ポンプ出口が絞られるか或はバイパス流量が増加した場合にも出口圧力が大幅に上昇することはない。」(第一七頁第七行ないし第一八頁第一五行)との記載があり、これらの記載と逃し弁の機能を合わせ考えると、右圧力室の機能は、燃料ポンプの出口圧がスプリングで定められた弁体の作動値(所定の作動圧)に達したとき、燃料を内側環状突条より環状空間(圧力室)に流出させて、該圧力室の圧力を弁体の押上げ力に加えることにより、該弁体が右の作動値に迅速に応答するとともに燃料の非連続な壁からの流出を図り、もつて出口圧の的確な調整をすることにあると認められる。
したがつて、本願発明における圧力室を形成することの技術的意義は、ポンプに付された逃し弁を燃料の出口圧の変動に対してその作動値に的確に応答させることにあるということができる。
一方、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例記載のものは、本願発明と同じく内燃機関を搭載する車両例えば自動車において燃料タンク内の燃料を機関に圧送するモータ駆動式の燃料ポンプに関するもの(第一頁第一二行ないし第一四行)であつて、その第1図(別紙図面(三)参照)に示された燃料ポンプにおいては、弁座32、蓋体33、弁体36、弁スプリング37、スクリユウ38によつて逃し弁を構成する(第六頁第八行ないし第七頁第七行)ことが認められる。そして、右弁座32は、吸入側通路50に連通される通路31に面して半径方向に離間して二個の環状突条を備えており、該環状突条にはそれぞれ斜線が描かれ、外側環状突条の軸方向の頂面が内側環状突条の軸方向の頂面より高い位置にあり、さらに、外側環状突条は軸方向外方に延長されているとともに、この部分には斜線が描かれていないこと、また、弁体36は二部材として描かれ、一方は平円板状で内側環状突条に当接し、他方は平円板の外周が軸方向外方に折れた皿型の形状をもち前記平円板より大径で外周縁全体が閉止時、外側環状突条の近傍に位置していることは、当事者間に争いがない。
前掲甲第五号証によれば、第二引用例には、該逃し弁に圧力室を形成する旨の記載はないことが認められる。しかしながら、以上の認定事実に基づいて、第二引用例記載のもの(前者)と本願発明(後者)とを対比すると、前者の外側環状突条は(その斜線部分の高さが見かけ上後者と異なるほかは)、その途中まで斜線で描かれた部分を持つ点で後者のFIG6(別紙図面(一)参照)の外側環状突条と同様の表示となつており、また、前者の弁体36は(二枚の部材からなる点で後者と異なるが)、後者と同じく外方から弁スプリング37で押圧された状態で着座しており、そのうちの外方の部材は平円板の外周が軸方向外方に折り曲げられた皿状をなしていて、その外周縁は後者と同じく外側環状突条の斜線部頂部近傍に位置しているから、前者の外側環状突条の斜線で描かれた部分は環状壁であり、それより先の部分は不連続の突出部であつて、弁体36をガイドするとともに燃料の流出部をなすものと理解できる。
そうすると、第二引用例記載のものの弁座32には、内側環状突条と外側環状突条との環状壁とで環状凹部が構成され、該凹部を弁板36が覆うことにより環状室が形成されているということができる。第二引用例の第1図において外側環状突条が途中まで斜線で描かれている趣旨は、外側環状突条が環状壁を構成することにより右のような環状室を形成することにあると解され、その形成を意図しなければ外側環状突条部に斜線部を描くことの意味が没却されることは第二引用例記載の前記技術内容から明らかである。
そして、逃し弁が所定の作動圧において的確に応答することは、逃し弁自体が本来的に持つ技術的課題であり、第二引用例記載のものの前記逃し弁が圧力室を具備することは、右課題を解決するための手段を構成したことに符合するから、当業者であれば、前記認定の環状室は圧力室であると理解できるというべきである。そして、第二引用例記載のものの圧力室は本願発明の圧力室の構成と実質的に差異がないことは前述のとおりであるから、その作用効果においても本願発明の圧力室の奏する前記認定の作用効果と異なるところがないというべきである。
したがつて、第二引用例記載のものは、「弁座32には、吸入側通路50に連通される通路31に面して、半径方向に相離間して内方及び中間に室を画定する二個の環状突条を備えており、かつ、外側環状突条は内側環状突条より軸方向外方に延長されているとともに円周方向に切欠きが存在し、非連続的な壁を形成していることが認められる。そして、この壁により逃し弁作動時、弁体36は外側環状突条の延長壁によつて案内され、軸方向に移動し内側環状突条を通過する燃料を前記切欠き部より逃げさせるもの」であるとした審決の認定に誤りはなく、この逃げ弁に形成された環状室は本願発明と同一の作用効果を奏する圧力室に相当するから、この弁座32の構造を第一引用例記載のもののポンプの円板6に適用して相違点に係る本願発明の構成を得ることは当業者が容易になし得たことというべきである。
この点に関し、原告は、第二引用例の第1図のような図法によつて表現された構造としては、いくつかの異なる構造、例えば外側環状突条の延長壁の手前半分が全くない構造もある旨主張する。
しかしながら、第二引用例記載のものは、内側環状突条と外側環状突条の環状壁とで環状凹部を構成し、外側環状突条の延長部は不連続の突出部であつて弁体36をガイドするとともに燃料の流出部をなすものと認定できることは前述のとおりであつて、このような機能を果たさない延長部とはいえないから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、圧力室であるためには、弁体周囲と外側環状突条との間隙は極めて僅かなものであることを要するのに、第二引用例の第1図に示されている弁板36の周囲と外側環状突条との間には相当の隙間の存在が認められ、このような「室」は本願発明にいう圧力室に相当するものでない旨主張する。
第二引用例記載の構成の逃し弁に圧力室を形成するには、弁板36の周囲と外側環状突条との間の隙間は極めて僅かであることを要し、前掲甲第三号証によれば、補正明細書にも、「燃料の一部が弁板340周囲の望ましくは約〇・〇〇三~〇・〇〇八cm(中略)の半径方向の空隙に逃げる」(第一七頁第一二行ないし第一五行)と記載されていることが認められるところ、前掲甲第五号証によれば、第二引用例にはこの点についての明示的な記載はなく、第1図を見てもこの間隙部分の図示が不鮮明ではあるが、極めて僅かな間隙として図示されているとまでは認められない。しかしながら、第二引用例の第1図は、実用新案登録出願の願書に添付された図面であつて、当該出願に係る考案の構成の概略を図示したものであり、設計図のように正確に計測した結果を図示したものではないばかりでなく、前掲甲第三号証によれば、本願発明のFIG6記載の逃げ弁においても、外側環状突条232、その延長壁234と円状の弁板340との間隙は、内側環状突条230と外側環状突条232と弁板340とで囲まれて環状の圧力室が形成されるのにかかわらず図面上比較的大きな間隔でもつて表示されていることが認められ、さらに成立に争いのない乙第一号証(昭和二五年特許出願公告第二四八二号公報)によれば、シリンダー5の内側、外側の両突条部と弁体1とによつて気室7を形成したものにおいて、弁体1のピストン3とシリンダー5の内面との若干の間隙6が、気室7によつて圧力室を形成するにもかかわらず、図面上比較的大きな寸法でもつて表示されていること(ちなみに、右外側環状突条部の軸方向の頂面は内側環状突条部の軸方向の頂面よりかなり高いものであるが圧力室が形成されている。)が認められるから、圧力弁、逃し弁等の圧力室については、外側の環状壁と円状の弁板との間隙幅が図面上比較的大きく表示されることは従来から行われていたことであつて、このことを理由に第二引用例記載のものの逃げ弁に圧力室が形成されていないとすることはできない。
さらに、原告は、第二引用例記載のものにおける外側環状突条に相当する部分の頂面は内側環状突条に相当する部分の頂面よりはるかに高い位置にあるのに対し、本願発明における両環状突条の頂面は同じ位の高さであるから、両者は弁部の構造を異にし、その結果第二引用例記載のものは本願発明の作用効果を奏し得ない旨主張する。
しかしながら、本願発明における両環状突条の軸方向の頂面の高さは原告主張のものに限定されず、第二引用例記載のもののように外側環状突条の軸方向の頂面が内側環状突条の軸方向の頂面より高いものを含むことは前記2認定のとおりであるから、原告の右主張はその前提において誤つており理由がない。
したがつて、前記相違点について判断するに当たり、第二引用例の弁座32の構造を第一引用例記載のポンプの円板6に適用することに格別の困難はなく、また、本願発明が前記相違点によつて奏する効果も第二引用例に記載された事項から当業者が容易に想到し得る程度のものであるとした審決の判断に誤りはない。
4 以上のとおりであつて、本願発明の要旨に関する審決の認定及び本願発明と第一引用例記載のものとの相違点についての審決の判断は正当であるから、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 竹田稔 春日民雄 岩田嘉彦)
別紙図面(一)~(三)<省略>